家族が欲しかった。あたたかい家族がいつも欲しかった 安藤大作(安藤塾塾長)

子供たちに圧倒的な人気を誇る三重県の安藤塾。
塾長の安藤大作氏は、両親の離婚後、
二人の育ての親に養育されます。


激しい煩悶から自死寸前に至りながら、それを克服し、
八畳一間の塾を県内トップクラスに育て上げた安藤氏。

僕自身も両親が離婚しまして、幼い頃から
「自分が惨めだ」とずっと思い続けてきたんです。

とはいっても、それに気づいたのはずっと後で、
子供の頃から人よりも目立とう目立とうと頑張ってきたのも、
いま思うと不安や惨めさ、温かい家庭を持つ人を
恨めしく思う気持ちを埋め合わせようとしていたのでしょうね。

両親が離婚した後、僕は父親の再婚相手との生活に
馴染めないで母親の元に送られたそうです。

だけど、その母も結局は九歳の僕と妹を
伊勢に置いて東京に行ってしまう。

それから僕たちは福祉施設を経営する母の知人の女性に育てられました。
この女性は皆から「先生」と呼ばれていて
僕たちをとても大事にしてくれたんですが、
仕送りが滞って親や安藤家の悪口を言われる時は惨めでしたね。

「見返したい」「でも構ってほしい」
「僕は惨めじゃない」「甘えたい」……。
そんな複雑な感情が湧き上がってくるんです。

悔しかった僕は新聞配達のアルバイトをして、
稼いだお金は全部先生に渡していましたよ。


ある時から、僕たちの家に先生の知人の山本さんという女性と
四人の子供たちが一緒に住むようになりました。

この山本さんは僕たちの第二の育ての親でもあるのですが、
先生と一緒に家庭問題に悩む人の会を立ち上げると、
やがて各地から家族ぐるみでやってきて
生活を始める人まで現れました。

中学一年から高校三年までこの大家族で育ったことは、
とても大きな体験だったと思っています。


長野の大学に入学した後も目立ちたい、
チヤホヤされたいという思いは相変わらずでした。

だからスキーやサーフィンなど仲間に
注目されそうなものにはすぐに飛びついた。

その頃の僕はいつも元気印で、皆の注目を集めていれば
世の中を上手く渡っていけると本気で考えていたんです。

ところが、就職にことごとく失敗しまして、
特別扱いされない世界、どうにもならない世界があることを
知るんですね。

そしてこの時、幼少期から満たされない心を
埋めよう埋めようとして頑張ってきた
自分の生き方にようやく気づくんです。

そうすると心を埋めるためだけに生きた自分が
猛烈に空しく思えてきて、最後にはとうとう死を決意しました。


いまも台風シーズンになると思い出すのですが、
一九九〇年九月、超大型の台風が松本を直撃した時、
僕は夢遊病者のように誰もいない暴風雨の街を彷徨いました。
もうどうにでもなれ、という思いでしたからね。

だけどとうとう死にきれずに、ずぶ濡れのまま
アパートに帰りました。

そして、気がつくと、部屋にあったまっさらなノートに
湧き上がる思いを一気に書き殴っていたんです。


「家族が欲しかった。あたたかい家族がいつも欲しかった」


とめどなく言葉が溢れて、ノートはたちまち埋め尽くされました。
臭いものに蓋をしていたというか、幼い頃から抱いていた感情が
際限なく湧き出るのが自分でも不思議でしたね。


ノートをつけ始めて三週間後くらいでしょうか、
僕は一大決心をしました。

決別してもいい。
二度と会えなくてもいい。
心のコブとなっている母と本音でぶつかり合いたいと思ったんです。


母はそれまで一切長野に来ることはありませんでしたが、
「とにかく来てほしい」と松本の僕のアパートに呼び、
泣きながら訴えました。


「俺は寂しかった。惨めだった。
 お母さんの悪口は聞きたくなかった。
 親は好きだ。だから俺は頑張った。
 バカにされたくなかった。辛かった……」


と。いい年した大人がですよ。


【記者:お母様はなんと?】


「ごめんね。ごめんね」を繰り返しながら
いつまでも泣いていましたね。

そうやって一晩中語り明かして明け方になった頃に
母の辛さ、弱さも分かってきました。

母自身も片親で育ち、寂しさを紛らわすかのように
音楽にはまり、離婚した後は、我が子に寂しい思いをさせるのを
覚悟で音楽の夢を求めて東京に出てきていたんです。

僕は母の泣く姿を見ながら

「受け入れられた」「深く愛されている」

という安堵感に包まれていました。

母を松本の駅に送り、アパートに帰る時の
清々しさといったら半端ではなかったですね。
世の中がキラキラ輝いているというか。
僕が心の縛りから解放されたのは、この時からです。



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*安藤大作氏も『致知』の愛読者です。
 特別にコメントをいただきました。
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私にとって月刊誌『致知』は自分を磨き、
心を安定させる大切な書物です。
心に残った記事のエピソードは職場の仲間にも紹介し、
ともに成長するため役立てています。

それにしても『致知』という雑誌は
やっぱりすごいなあと思うのは、
本の出版やテレビ出演のときよりも、
皆さんからのありがたいお声をいただくことです。

恐縮ながらも、御縁に感謝したいです。致知出版社の「人間力メルマガ」-----


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