「稲盛和夫氏はなぜ成功したか?」

パナソニックの社名が松下電器だった時期、
山下俊彦という社長がいた。

昭和五十二年、先輩二十四人を飛び越えて社長になり、
話題となった人である。

弊誌にも親しくご登場いただいたが、
率直、明晰なお人柄だった。

この山下さんが色紙を頼まれると、好んで書かれたのが
「知好楽」である。

何の説明もなしに渡されると、
依頼した方はその意味を取りかねたという。

この出典は『論語』である。


子曰く、これを知る者は、これを好む者に如かず。
これを好む者は、これを楽しむ者に如かず。

(これを知っているだけの者は、これを愛好する者におよばない。
 これを愛好する者は、これを真に楽しむ者にはおよばない)


極めてシンプルな人生の真理である。
仕事でも人生でも、それを楽しむ境地に至って
初めて真の妙味が出てくる、ということだろう。


稲盛和夫氏。京セラの創業者であり、
経営破綻に陥った日本航空を僅か二年八か月で
再上場に導いた名経営者である。

この稲盛氏が新卒で入社した会社はスト続きで給料は遅配。
嫌気がさした稲盛氏は自衛隊に転職しようとするが、
実兄の反対を受け、そのまま会社に止まった。

鬱々とした日が続いた。
会社から寮への帰り道、
「故郷」を歌うと思わず涙がこぼれたという。

こぼれた涙を拭って、こんな生活をしていても仕方がない、
と稲盛氏は思った。自分は素晴らしい会社に勤めているのだ、
素晴らしい仕事をしているのだ、と思うことにした。

無理矢理そう思い込み、仕事に励んだ。
すると不思議なもので、あれほど嫌だった会社が好きになり、
仕事が面白くなってきたのだ。

通勤の時間が惜しくなり、布団や鍋釜を工場に持ち込み、
寝泊まりして仕事に打ち込むようになる。
仕事が楽しくてならなくなったのだ。

そのうちに一つの部署のリーダーを任され、
赤字続きの会社で唯一黒字を出す部門にまで成長させた。
稲盛氏は言う。


「会社を好きになったこと、仕事を好きになったこと、
 そのことによって今日の私がある」
 

知好楽の人生に及ぼす影響が
いかに大きいかを示す範例である。『致知』

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