2014年09月12日 (歴史探聞)私の生家が地方新聞で話題に。 昔は、出産は嫁入り先から実家へ帰ってするという風習が有った様で、私の場合も、母(旧姓・山口)の里の現津山市瓜生原に、嫁ぎ先の大阪市から帰り、母は私を出産した。その後、私は大阪で小学校一年生までは育ったが、S18年に父も出征、戦争も激しくなり、母の実家へ疎開し同家で何年か生活した。母の実家には、下の門と、上の門があり、下の門には櫓も付いていた。これはかねがね津山城の一部の移築されたものだと聞かされていた。その物件が、此処に来て市の観光課から、歴史的建造物として、観光に使えないか。今回、「今に伝わる津山城の証」として地方紙に取り上げられたと連絡が有りましたので、記事を含めご報告させて頂きます。(津山城は、戊辰の役後、徳川方でもあったので、M6年の廃除令により取り壊しに遭い、石垣のみが残された。現在は、築城400年を記念に唯一の櫓のみが一つ落成している。桜の鶴山公園としても広く知られている。)地方紙H26.9.3夕刊
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